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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(オ)1152号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村澤東、同若松陽子の上告理由について

宅地建物取引業法(昭和五五年法律第五六号による改正前のもの。以下「法」という。)は、第二章において、宅地建物取引業を営む者(以下「宅建業者」という。)につき免許制度を設け、その事務所の設置場所が二以上の都道府県にわたるか否かにより免許権者を建設大臣又は都道府県知事(以下「知事等」という。)に区分し(三条一項)、免許の欠格要件を定め(五条一項)、この基準に従って免許を付与し、三年ごとにその更新を受けさせ(三条二項)、免許を受けない者の営業等を禁止し(一二条)、第六章において、免許を付与された宅建業者に対する知事等の監督処分を定め、右業者が免許制度を定めた法の趣旨に反する一定の事由に該当する場合において、業務の停止(六五条二項)、免許の取消(六六条)をはじめ、必要な指導、助言及び勧告(七一条)、立入検査等(七二条)を行う権限を知事等に付与し、業務の停止又は免許の取消を行うに当たっては、公開の聴聞(六九条)及び公告(七〇条一項)の手続を義務づけている。法がかかる免許制度を設けた趣旨は、直接的には、宅地建物取引の安全を害するおそれのある宅建業者の関与を未然に排除することにより取引の公正を確保し、宅地建物の円滑な流通を図るところにあり、監督処分権限も、この免許制度及び法が定める各種規制の実効を確保する趣旨に出たものにほかならない。もっとも、法は、その目的の一つとして購入者等の利益の保護を掲げ(一条)、宅建業者が業務に関し取引関係者に損害を与え又は与えるおそれが大であるときに必要な指示をする権限を知事等に付与し(六五条一項一号)、営業保証金の供託を義務づける(二五条、二六条)など、取引関係者の利益の保護を顧慮した規定を置いており、免許制度も、究極的には取引関係者の利益の保護に資するものではあるが、前記のような趣旨のものであることを超え、免許を付与した宅建業者の人格・資質等を一般的に保証し、ひいては当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が被る具体的な損害の防止、救済を制度の直接的な目的とするものとはにわかに解し難く、かかる損害の救済は一般の不法行為規範等に委ねられているというべきであるから、知事等による免許の付与ないし更新それ自体は、法所定の免許基準に適合しない場合であっても、当該業者との個々の取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。また、業務の停止ないし免許の取消は、当該宅建業者に対する不利益処分であり、その営業継続を不能にする事態を招き、既存の取引関係者の利害にも影響するところが大きく、そのゆえに前記のような聴聞、公告の手続が定められているところ、業務の停止に関する知事等の権限がその裁量により行使されるべきことは法六五条二項の規定上明らかであり、免許の取消については法六六条各号の一に該当する場合に知事等がこれをしなければならないと規定しているが、業務の停止事由に該当し情状が特に重いときを免許の取消事由と定めている同条九号にあっては、その要件の認定に裁量の余地があるのであって、これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。したがって、当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該取引関係者に対する関係で国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。

これを本件についてみるに、原審が確定した事実関係は、(一) 有限会社誠和住研(以下「誠和住研」という。)は、昭和四七年一〇月二三日京都府知事から宅建業者の免許(以下「本件免許」という。)を付与され、昭和五〇年一〇月二三日その更新を受けたところ(記録によれば、右免許及びその更新は法所定の免許基準に適合しないことが窺われる。)、その実質上の経営者である大野光則(以下「大野」という。)は、多額の負債を抱え、手付を支払って他人所有の不動産を誠和住研の所有物件として売却し顧客から支払を受けた代金と購入代金との差額を自己の利益とする、いわゆる手付売買の方法で営業を継続していたが、昭和五一年ころからは旧債の返済に追われて所有者への代金の支払ができず、顧客に対する物件の所有権の移転ないし代金返還の不履行も多くなった、(二) 大野は、他人所有の本件土地建物を取得して購入者に移転しうる可能性はないのに、これを誠和住研所有の建売住宅として売り出し、昭和五一年九月三日その旨信じた上告人に対し代金一〇五〇万円で売却し(以下「本件売買」という。)、手付金及び中間金三五〇万円の支払を受け、同年一一月二五日更に中間金三九〇万円の支払を受けたが、これを他に流用したため、上告人において本件土地建物の所有権を取得することができず、右支払額合計七四〇万円相当の損害を被った、(三) 京都府知事は、宅建業者に対する監督処分の事務を京都府土木建築部建築課宅建業係(以下「担当職員」という。)に処理させているところ、誠和住研の取引関係者からの担当職員に対する取引上の苦情の申出は、本件免許が更新される直前の昭和五〇年九月一〇日代金の一部につき詐欺被害を受けたとする購入者からされたものが最初であり、担当職員が双方から事情聴取してこれを処理し、また、本件免許の更新後、右同様の苦情申出についても行政指導を行って解決をみた例もあったが、こうした事態に対処するため、昭和五一年七月八日誠和住研に対する立入検査を行い、取引主任者の不在を指摘し、新規契約の締結の禁止を指示した。(四) その後も取引をめぐって被害を受けた旨の苦情の申出が相次ぎ、これら苦情の申出をした者(以下「被害者」という。)から代金返還につき指導、協力を求められた担当職員は、同年八月四日大野との交渉の機会をあっせんし、その結果、大野において紛争解決の資金を知人から融資を受ける努力をすることとし、被害者から右融資が実現するまでは誠和住研に対する業務の停止、免許の取消等の処分を猶予して欲しい旨要望された、(五) 担当職員は、右融資の可能性につき逐一報告を求めて推移を見守り、本件売買直後の同年九月八日被害者から右同様の処分猶予の要望がされたが、大野の右努力も実現の可能性が危ぶまれ、その上更に新たな苦情申出が続いたため、同年一〇月二五日監督処分の方針を決め、同年一一月一五日法六九条一項による聴聞の期日を指定したところ、大野はその直後である同月二五日上告人から前記のとおり本件売買の中間金三九〇万円の支払を受けた、(六) 同年一二月一七日公開による聴聞が開かれ、誠和住研代表者の代理人として出頭した大野が法違反の事実を認め、昭和五二年四月七日京都府知事は法六六条九号により本件免許を取り消した、というのである。以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、その過程に所論の違法はない。

右事実関係によれば、京都府知事が誠和住研に対し本件免許を付与し更にその後これを更新するまでの間、誠和住研の取引関係者からの担当職員に対する苦情申出は一件にすぎず、担当職員において双方から事情を聴取してこれを処理したというのであるから、本件免許の付与ないし更新それ自体は、法所定の免許基準に適合しないものであるとしても、その後に誠和住研と取引関係を持つに至った上告人に対する関係で直ちに国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。また、本件免許の更新後は担当職員が誠和住研と被害者との交渉の経過を見守りながら被害者救済の可能性を模索しつつ行政指導を続けてきたなど前示事実関係の下においては、上告人が誠和住研に対し中間金三九〇万円を支払った時点までに京都府知事において誠和住研に対する業務の停止ないし本件免許の取消をしなかったことが、監督処分権限の趣旨・目的に照らして著しく不合理であるということはできないから、右権限の不行使も国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野久之の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野久之の反対意見は、次のとおりである。

多数意見は、原審の確定した事実関係の下において、上告人が有限会社誠和住研に対し二回目の中間金を支払った時点までに京都府知事において同会社に対する業務の停止ないし免許の取消をしなかったことは、監督処分権限の趣旨・目的に照らして著しく不合理であるということはできないから、右権限の不行使を国家賠償法一条一項の適用上違法と評価すべきものではないというのであるが、私は、以下のとおり見解を異にする。

一 法が、宅建業者につき免許制度を設け、かつ、その事実に必要な規制を定め、免許・監督に関する権限を知事等に与えている趣旨は、直接的には宅地建物取引の安全を害するおそれのある業者の関与を未然に排除することにより取引の安全を確保し、宅地建物の円滑な流通を図るところにあることはいうまでもないが、同時に、購入者等の利益の保護をも目的とするものであり(一条)、知事等に指導、助言及び勧告の権限(七一条)や、業者に報告を求め、事務所等に立ち入り、帳簿等を検査する権限(七二条)、業者が取引関係者に損害を与えるおそれがあるときは必要な指示をする権限(六五条一項一号)までも付与し、業者には取引の相手方の損害を補填するための営業保証金の供託を義務づけている(二五条、二六条)ことをも考えると、知事等としてはこのような法の目的を達成するため、免許ないしその更新に当たっては免許基準(五条一項)を厳正に適用し、またいったん免許を付与した後においても、随時適切に指導監督すべき職責を有するものというべきである。もとよりその権限の行使は原則として広範な裁量に委ねられるべきものではあるが、宅地建物取引が益々国民生活において重要性を増しつつあること並びにしばしば極めて高額の取引となることにかんがみ、宅建業者において法所定の規制に違背して取引関係者に損失を及ぼし、かつ、同種の所為を反履累行するおそれがあるため、免許取消、業務停止等の監督処分をしなければいたずらに取引関係者の被害を増大あるいは続発させ、右法の趣旨を没却すべきことが予想されるに至ったときは、知事等はもはや裁量の名において監督処分権限を発動しないことは許されず、その後その業者との間で宅地建物取引を行うべき者に対する関係においても、相当な監督処分をすべき義務を負うに至るものと解するのが相当である。監督処分は、本質的に当該業者にとっては不利益処分であるとともに、既存取引関係者の利害にも影響するものであるから、その発動には慎重を期することが必要であり、そのため法も、業務の停止又は免許の取消を行うに当たっては、公開の聴聞(六九条)及び公告(七〇条一項)の手続を義務づけているのであるが、他面、近来文化の進展と社会の複雑多様化による行政需要の増大に伴い、国民の福祉増進のため社会生活上の各種活動に種々の規制を加え、その規制権限を行政庁の裁量に委ねることが益々増加しつつある今日、規制の結果は直接国民生活に影響を及ぼし、その基盤となる性質を有するものであるから、その権限の行使は同時に職務上の責務を伴い、場合によっては行政処分の名宛人以外の第三者との関係においても権限の行使を義務づけられることとなる場合があることを承認しなければならないのであって、それが福祉国家における法の一つの使命でもあると考えられ、往年の取締行政に対する観念の転換を要する面があると思われるのである。しかして、そのような場合にその権限を行使すべき公務員が、法によって裁量権を付与された趣旨に反して権限の行使を怠ったときは、その不作為は国家賠償法一条一項の適用上も違法となるものというべきである。

二 ところで、原審の確定した事実関係は、多数意見において要約されているとおりであるが、右事実からしても、本件売買の直前である昭和五一年八月ころには、有限会社誠和住研は、もはや正常な宅建業取引を行い得ない状態にあったものというほかなく、担当の宅建業係長である吉田延夫が同月四日の時点で同会社は処分を免れない業者であると認識した旨証言しているのも当然であると考えられる。しかるに、被上告人の担当職員が実際に監督処分の方針を固めたのは同年一〇月二五日であって、その間は被害者から処分猶予の要望もあり、大野が努力するという知人からの融資の可能性を見守っていたというのであるが、何らか特別の事情により大野の債務を引き受けてでも誠和住研の業務を引き継ごうとする者の確実な見込みがない限り、実際には放置したに等しく、裁量権の行使としても、甚だしく合理性を欠いたものというべきである。もっとも、監督処分権限の発動にはそのための手続を必要とし、前記吉田証言に徴すると、被上告人の場合いかに軽易な事案でも右手続に一か月は要するというのであるから、その不可避的期間を利用して事態解決のあっせん等を行うことは適当な措置であるといえるが、一方では監督処分の手続に着手していることが必要である。それにもかかわらずこれを怠り、いたずらに被害の増大を招来したことは、法が知事に指導監督権限を委ねた趣旨に反するものといわなければならない。のみならず、記録によれば、(1) 大野は昭和四四年一二月誠和住宅の名称で内縁の妻(後に婚姻)西口美恵子の名義により宅建業免許を受けたが、その際被上告人の担当職員は、大野に対し、同人自身は営業に関与せず、他に専任の取引主任者を設置する旨の誓約書を提出させながら、その後継続的に指導監督を加えた形跡はなく、やがて大野は名称を「誠和住研」に変更し、昭和四六年四月ころからその名称をもって計一〇件の不告知、横領、詐欺により多くの被害を発生させ、免許不正取得等の罪で処罰された、(2) 西口美恵子もまた宅建業法違反により罰金に処せられ、そのため同人名義の前記免許が取り消されると、その一か月後の昭和四七年五月、大野は右「誠和住研」の名称で、美恵子の母の夫中川正和の名義により宅建業免許を受けた、(3) 次いで大野は同年七月七日右「誠和住研」の法人成りとして有限会社誠和住研を設立し、いったん取締役を辞任した旨の登記をし、美恵子の義弟川合五一を取締役に仕立てて同年一〇月本件免許を受けたが、川合が名義貸に難色を示したため、昭和四八年一一月自ら取締役に就任し、その旨被上告人にも届け出た、(4) しかし、大野が宅建業法違反等の罪によって刑の執行猶予中(昭和五〇年一一月二九日猶予期間経過)であったため、被上告人の担当職員から注意を受け、翌一二月取締役として美恵子の弟西口年寿の名義を借り、自らは退任の登記をした、(5) 本件免許の更新は大野の右執行猶予期間中である昭和五〇年一〇月二三日にされた、以上の事実が証拠上十分窺えるのであって、そうとすれば、大野はしばしば法に抵触する所為を反覆し、そのため刑罰を受けるなど、いわば札付の人物であるといわざるを得ない。したがって、被上告人の担当職員において少しでも注意を払っていれば、かように度々免許の不正取得が行われるわけもなく、殊に有限会社誠和住研の本件免許は法五条一項七号の欠格事由に抵触し、昭和四八年一一月には法六六条三号、五条一項三号により免許取消を必要とする事由があったものであり、本件免許の更新も、実質的に法五条一項七号に抵触するほか、最初の被害の申出のあった後であるから(被上告人の担当職員は免許更新後の昭和五一年一月まで調査しなかったのではないかと思われる。)、到底許されないはずのものであった。ここに見られる京都府知事の度重なる指導監督権限の著しく不当な行使若しくは不行使が本件の事態を招来する基盤をなしているものと考えられるのであって、その後の前記経過等にかんがみると、昭和五一年八月ころには、既に取引関係者の被害の増大ないし続発の危険が予測され、相当な監督処分に着手すべき義務を負い、右手続に必要な期間を考慮しても、遅くとも上告人が二回目の中間金を支払った同年一一月二五日までには右監督処分をすべきであったものというべきである。したがって、その権限の不行使につき上告人に対する関係においても国家賠償法一条一項の違法性を肯認する余地が十分に存するというべく、本件における被上告人の責任の成否を論ずるに当たり、このような過去の経緯を看過することは許されないといわなければならない。

三 しかるに、原判決は、以上の理を深く審究することなく、京都府知事の監督処分権限の不行使に国家賠償法一条一項の違法性があるとはいえないと即断したものであって、判決の結論に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りを犯し、ひいて審理不尽の違法があるものというべきである。よって、論旨は理由があるに帰するから、原判決はこれを破棄すべく、しかして本件は更に審理を尽くす必要があるので、これを原審に差し戻すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 藤島 昭 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

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